「命をつなぐプロジェクト」

白血病の治療中、無菌室の中で「うつ」と闘っていたという青年の話を聞きました。
迫り来る死の恐怖と闘いながら、でも、自ら死を選んでしまいたくなるという、極限の心理。。。

聞いていて、胸がギューっとしめつけられました。
その恐怖と孤独と苦しみは、かつて私を捕らえて離さなかったもの――
そして、今も私をさいなんでいるもの――

なのです。

「生きることって、どうしてこんなに苦しいのだろう、どうしてこんなにつらいのだろう・・・。」


この問いは、「健康体」で「普通」の生活を営む人々の内でも、時々頭をもたげます。

いわんや、
痛みと倦怠感とに支配され、
自分の意思で体を動かすことも出来ず、
身も心も外の世界から遮断され、
日々ビニールのカーテンと点滴を見つめながら一秒一秒を耐える、
がん患者さんをや。


「楽になれるのなら、死んでしまいたい。」


この思いを、私は一度だけ、言葉に出して叫んだ記憶があります。
10代の時、まだ副作用について研究があまり進んでいない抗がん剤を投与され、痙攣しながら・血を吐きながら一晩で27回吐いた時、でした。

と同時に。
「死にたい」という言葉を、何度も何度も飲み込んだ自分を、記憶しています。

なぜ?
この命は、本当に本当に、たくさんんの人々の思いと力添えの上に、やっと灯されている小さな明かり
その大切に守られた明かりを、私がひとりの判断で勝手に吹き消してしまうなんて、あまりに申し訳ないから。


例えば、何をおいても24時間病室につめてくれている家族。
私の治療に合わせ、週に何度も夜勤を入れてくれる婦長さん。
日曜日も朝の7時から様子を見に来てくれる、主治医チーム。
代わる代わる顔を見せに立ち寄ったり、心のこもった手紙をくれる、すてきな友達や先生。

私の「命をつなぐプロジェクト」のために、これだけの人々が関わってくれている。
これだけの人々が、自分の知識なり時間なり思いなり涙なりを、私のために、使ってくれている。
ならば私だけがひとり勝手に、この「プロジェクト」から逃げ出すわけにはいかない。。。
「プロジェクト」を前に進めるために、踏んばらなくてはならない。。。。

そんな(大いに勝手な)思いでいたことを、想起しています。。

大人だったかもなぁ、あの頃の、わたし。



*****


みみやま、今回も無事、カーテンから出てきました。

カーテンの中で考えていたことは、やっぱり10代の頃と同じでした。

ただ、徐々に、徐々に、ほんの少しずつ・・・・
自分の意識において、「生」>「死」という不等式が、バランスを失っていく気がしないでもないけれど・・・

合わせ鏡になっているその二つについて、考えることを放棄してしまいたくなる、疲れきった自分がいるけれど・・・

それでも私は、「命をつなぐプロジェクト」をあきらめない。
私が私でいることを、あきらめない。
だって、そこに、あなた方がいてくれるから・・



・・・
さて。
こんな風に偉そうなことを言っていても、不安や恐怖にとらわれて「うつ」状態に陥りそうなこと、よくあります。
抗がん剤自体に、そういった症状を増幅する仕組みがあることも分かってきました。

近いうちに、そんなお話でも。

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