仏の顔(ガン)も三度まで

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help リーダーに追加 RSS あるガン患者の「お仕事」考。

<<   作成日時 : 2008/05/19 20:30   >>

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「入院中って、すごーく暇でしょう?」
――そう言って、研究をしている知り合いが「仕事」を持ってきました。
どうやら、わずかな専門知識があれば、あとはPC上で行える簡単な作業のようです。

「社会復帰後のことを考えて、今から慣れておくといいよ。
あ、バイト代は出すから。締め切りは○月○日で・・・。」

ま、早い話、自分の仕事を、大変だから押し付けているわけですね。

頼ってもらえるのは、嬉しい。

でも、正直、戸惑っています・・・

戸惑いポイントは三つ。


1.彼女が「暇」と言ったこと。

入院患者って、「暇」と思われているのか・・・。
なんだか悔しい。
がん患者にとっては、今この時間・瞬間が「闘い」です。
企業戦士として働く人々とは別の意味で、肉体と精神を疲弊させる毎日です。

ベッドの上でのうずくまっていて――
「暇」そうに見えたとしても、実は、じっと痛みに耐えていたり。。
部屋から出られずに、じっと窓の外を眺めていて――
ぼけ〜っとしているように見えたとしても、実は、目に見えない感染症と闘っていたり。

「暇」と言える時間や気持ちがあったら、どれだけ良いことかと思います。


2.目の前の「仕事」。

頼まれたのは――
PCを開いて、翻訳をして、数値を入れて、計算をして、短いレポートを書くこと・・・
ベッド上でブログを書くのと何が違うわけ? 同じような作業じゃない?
・・・と、自分でも思います。

でも、それが「仕事」となると、取り組み方が変わってきます。
プロとして、恥ずかしくないように仕上げなきゃ、などと思ってしまいます。

何より問題は、それが私の今すべき「仕事」ではない、という確固たる認識があること。
私の今すべき「仕事」は、体内に巣食うにっくき肉腫と渡り合い、隙あらば始末しちゃうこと。
日々、そのことのために全精力を傾けているのです。

それ以外の「仕事」を引き受ける余地が、今はちょっと無いかも・・・というのが正直な気持ちです。



3.それでも「仕事」をしなければならないという事実。


でも、「病気と闘う」という「仕事」にも、いつかは終わりが来ます。
無事に打ち勝って「社会復帰」を果たせたのなら、私はもう一度「仕事」をして、生活していかねばなりません。

病気をする前に持っていた、ポジションも、ポテンシャルも、ポリシーも、
おそらく復帰後には無くなってしまっているでしょう。
周囲の人々は、突然、体が不自由になり前のように働けなくなっても戻ってきた元同僚に、
困惑することでしょう。

あれだけ誇りを持って取り組んでいた、私にしかできない、私だけの「仕事」――
もう出来ないかもしれない。
誤解のある言い方かもしれないけれど、「病人」でも出来る、簡単な簡単な作業
しか任せてもらえないかもしれない。

それでも、いつかは社会に復帰したい、しなきゃいけない。
ちゃんと、自分の足で立つために。
(何より、お金をためて、何百万円もかかった入院費の穴埋めするために・・・

彼女に「仕事」と言わた時。
そしてそれが、かつての自分が取り組んだレベルと大きく違うと知った時。
上記の事実を突きつけられた気がして、少し身震いしました。



結論
私に仕事を与えて、少しでも元気を取り戻させようとしてくれたMさん、どうもありがとう
でも、今の私にその仕事は出来ない。
「暇」じゃないし、物理的にも無理。

もちろん、いつかしたいし、しなきゃいけないし、そこでまた新しい闘いが始まること、覚悟しています。

本当に厳しい現実だけれど、そのことを思い出させてもらえて、良かったのかもしれません。

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